社会保険の未加入は自己責任なのでしょうか・・・。 〜 シリーズ 社保と残業と私 2〜

当事務所では数多くの労働問題を受けていますが、特に残業代請求事件の場合、証拠となる給与明細を確認している際に、依頼者の多くの方が社会保険(厚生年金保険や健康保険)に加入していないことに気がつきます。
勤めている会社が法人の場合、社会保険の加入は会社の義務です。また、会社が法人でなく個人事業であっても、常時使用労働者数が5人以上の場合は、業種によっては社会保険の加入が義務になります。
これは正社員だけの問題ではありません。短時間労働者(パートやアルバイト)であっても、通常の労働者の所定労働時間や労働日数のおおむね4分の3以上勤務している場合は、社会保険の当然被保険者となります。

社保の加入が会社の義務にもかかわらず、会社が社保に入ろうとしないのはなぜでしょうか。
それは皆さんも支払っている「社会保険料」に理由があると考えられます。
社保に加入をしていると、「健康保険料」と「厚生年金保険料」が毎月のお給料から天引きされます(年齢によっては「介護保険料」も天引きされます)。実は、その金額とほぼ同等の額を会社も負担しています。例えば、毎月厚生年金保険料を20,544円、健康保険料を11,964円支払っているとしますと、会社も同額を負担しています。会社はさらに個人の標準報酬月額に応じて、児童手当拠出金も負担をしています。皆さんが支払っている社会保険料の扱いですが、例えば厚生年金保険料で言いますと、会社も20,544円支払ってくれていますので、皆さんの負担分との合計41,088円が皆さんの将来の年金に反映される金額となります。つまり、将来受給する厚生年金の半額は、会社が負担してくれている、ということになります。また、厚生年金保険料を支払うことで、国民年金平成26年度は15,250円)も同時に支払われていることになりますので、将来受給する国民年金の金額に反映されます。さらに、社保の扶養内の配偶者がいた場合、配偶者分の年金保険料は負担せずして、配偶者も将来年金を受給できることになります。

このように、会社が社保に加入することによる労働者のメリットは大きいですが、社保に加入することによる会社の負担はかなりの金額になります。そのため、社保の加入を避ける会社があるのではと考えられます。

社保未加入の会社への罰則は、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金となっています。さらに、行政の調査で未加入だということが判明すれば、2年間に遡って該当者全員分の保険料を支払わなくてはなりません。

社保の加入義務のある会社が社保に加入していなかった場合や社保の当然被保険者を加入させていなかった場合、本来加入すべきだった期間(遡って加入した場合は、2年以上前の期間)の、将来受給できたであろう老齢厚生年金や、会社の健康保険だったら支払う必要のない扶養家族分の国民健康保険料(会社の健康保険の場合、扶養家族の保険料は負担する必要はありません。)などは、会社に請求できるのでしょうか。

社保の未加入について、色々な判例が出ています。
事業主が社保の加入手続きを怠ったために社保の加入できなかった元労働者が、従前労働していた会社を相手取って損害賠償を請求した豊國工業事件(奈良地判H18.9.5)では、「法律で決められた届出を会社が怠ることは、労働者の法律上の利益を直接侵害するものであり、労働契約上の債務不履行を構成する」とした上で、損害賠償請求を認容しています。損害額としては、「社保に加入していれば支払を免れたはずの国民年金国民健康保険料と、厚生年金に加入していれば給付を受けられた額から、厚生年金等へ加入していたならば支払を要したはずの保険料自己負担分を控除した」額でした。
豊國工業事件の場合は、訴えを起こした労働者は老齢厚生年金の受給権が発生していましたが、実際に受給権が発生していない労働者が訴えを起こした場合、「老齢厚生年金の受給権が確定していない」という理由で、会社側の債務不履行を認めつつも、損害賠償に関しては労働者の主張が認められないことも多いです(大真実業事件 大阪地判H18.1.26 麹町社会保険事務所事件 仙台高判 H16.11.24)。

また、雇用保険についてもそうですが、社会保険についても、被保険者または被保険者であった者は、いつでも文書又は口頭により、被保険者となったこと又は被保険者でなくなったことの確認を請求することが法律上で認められています。そのため、同じく厚生年金の受給権者が、会社に対して社保の未加入による損害賠償請求をした京都市役所非常勤嘱託厚生年金保険事件(京都地判 H11.9.30)では、「労働者が資格取得の確認請求を行わなかったのは、自らが加入する権利を保全するために何らかの行動を出なかったこと」であるとし、実損額のうち3割が過失相殺されました。(なお、前掲の豊國工業事件では、会社側の担当者が原告に社保の加入の資格に関して事実に反する説明をしたことや、原告が会社に確認をしようとしたところ、会社に不利益処遇を口にされたことなどにより、原告に対して確認請求の過失があったとは認められませんでした。)

以上の判例から見て、現在社保に加入をされていない方、社保に加入しているかわからない方は、まず確認をすることをお勧めします
健康保険については、会社の健康保険に加入をしていた場合は会社から保険証が渡されるために確認は簡単です。厚生年金保険については、毎年誕生月に送られる「ねんきん定期便」でご自身の年金の加入状況を確認できますし、日本年金機構に問い合わせてみても確認が可能です。また、毎月の給与明細でも確認はできます。控除項目の「健康保険料」や「厚生年金保険料」の欄に金額が記載されていますでしょうか。

会社が、社保に加入すべきなのに加入していない場合は、勤め先の管轄の年金事務所に相談しに行ってみてください。年金事務所が会社に調査に行き、必要があれば指導が入ることになります。

先ほど給与明細について少し触れましたが、皆さんが毎月会社から渡されている給与明細には、実は皆さんの「労働状況」がわかる大切なヒントが隠されています
雇用保険社会保険の加入の有無や、月給を時給換算する際に必要な毎月の会社が決めている労働時間(所定労働時間)、「固定残業制」とされている場合の毎月の残業時間など、給与明細を見るだけでご自身がどのような働き方をしているのかわかるようになっています。

次回は、「給与明細の見方」について、詳しく記載していく予定です。

当事務所には、残業代請求や未払い賃金その他の会社とのトラブルについて、精通している弁護士がおります。
是非、経験豊富な日比谷ステーション法律事務所へご相談ください。